バグキャスト

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by バグキャスト
俺たちが本当にやりたいポケモンはこれだ!!
今回は、ポケモンIP30年の歴史を振り返りながら、これからの本編シリーズに期待するものについて話しました。 ポケモンは『赤・緑』から始まり、収集、育成、交換、対戦を組み合わせたゲームとして出発しました。その後、アニメ、カード、映画、グッズ、スマホアプリへと広がり、いまや巨大なIPになっています。 一方で、近年の本編作品は、技術的な完成度や方向性をめぐって評価が揺らいでいます。問題は単なる処理落ちやバグだけではなく、本編が冒険、収集、育成、対戦、物語、子ども向けの入門、古参ファンへの応答まで背負いすぎていることではないか。 ポケモンの魅力である、探す、知る、育てる、組み合わせる、戦うという要素を、もう一度ひとつの体験として結び直すにはどうすればいいのかを話しました。 【バグキャストについて】 『バグキャスト』は、音楽家・鈴木とプログラマー・伊藤が、音楽、プログラミング、カルチャー、映画、最近読んだ本などについて話すポッドキャストです。 さまざまな話題がゆるやかにつながっていく、総合誌のような番組を目指しています。 【Podcastで聴く】 https://pod.link/1894435730?view=apps&sort=popularity 【お便り】 番組への感想・質問はこちら: https://tally.so/r/obKDNV 【SNS】 X:https://x.com/bugcast_radio 【出演】 鈴木: 伊藤:
【お便り回】好きでも得意でもないけど、自分にしかできないこと
今回は、届いたお便りをきっかけに、「才能」について話しました。 かつて作曲やゲームプログラミングに取り組んでいたものの、趣味の域を超えられなかった。才能のある人に才能でぶっ叩かれ、その成功を背中から見届けてきた。そんな経験をした人が、人生の中で「自分には向いていないこと」を求められたとき、どう向き合えばいいのか。 一方で、「才能にぶっ叩かれること」は単なる敗北なのか。圧倒的なものに出会って傷つくことは、同時に「本当にすごいものを見た」という経験でもあるのではないか。 才能、仕事、好きなこと、代替不可能性。 「才能がない」と思ったあと、人は何を手放し、何を引き受けていくのか。 お便りを入り口に、鈴木と伊藤がそれぞれの経験から考えました。 【バグキャストについて】 『バグキャスト』は、音楽家・鈴木とプログラマー・伊藤が、音楽、プログラミング、カルチャー、映画、最近読んだ本などについて話すポッドキャストです。 さまざまな話題がゆるやかにつながっていく、総合誌のような番組を目指しています。 【Podcastで聴く】 https://pod.link/1894435730?view=apps&sort=popularity 【お便り】 番組への感想・質問はこちら: https://tally.so/r/obKDNV 【SNS】 X:https://x.com/bugcast_radio 【出演】 鈴木: 伊藤:
クマ問題から考える、「自然との共生」は誰が担うのか──SDGs・里山・内山節
今回は、全国で深刻化しているクマの出没・人身被害を入口に、「自然との共生」とは誰が担うものなのかを話しました。 【今回話したこと】 全国で深刻化するクマ問題 「自然保護か駆除か」では捉えきれない問題 SDGs的な自然観の有効性と限界 内山節『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』の話 自然との共生とは、自然と一体化することではなく、自然との距離を測り、境界を維持し、その責任を共同で引き受けることなのではないか。 そんな感じの話をしています。 【バグキャストについて】 『バグキャスト』は、音楽家・鈴木とプログラマー・伊藤が、音楽、プログラミング、カルチャー、映画、最近読んだ本などについて話すポッドキャストです。 さまざまな話題がゆるやかにつながっていく、総合誌のような番組を目指しています。 【お便り】 番組への感想・質問はこちら: https://tally.so/r/obKDNV 【SNS】 X:https://x.com/bugcast_radio 【出演】 鈴木: 伊藤:
【お便り回】音楽制作で大切にしている3つのこと──編曲 / 物語 / 現実
今回は、リスナーの方からいただいた「制作時にこだわっているポイントはありますか?」というお便りをきっかけに、鈴木が音楽制作で大切にしていることについて話しました。 少ない音数でアンサンブル全体をどう鳴らすかという編曲の話、音楽を単なるBGMではなくひとつの体験として届けるための物語の話、そしてジャンルのコピーではなく、自分たちが生きている現実や歴史から音楽を作ることについて考えています。 クインシー・ジョーンズと『Off the Wall』、竹林の七賢、Howie Leeなどを手がかりに、鈴木にとって音楽を作るとはどういうことなのかをめぐる回です。 【バグキャストについて】 『バグキャスト』は、音楽家・鈴木とプログラマー・伊藤が、音楽、プログラミング、カルチャー、映画、最近読んだ本などについて話すポッドキャストです。 さまざまな話題がゆるやかにつながっていく、総合誌のような番組を目指しています。 【お便り】 番組への感想・質問はこちら: https://tally.so/r/obKDNV 【SNS】 X:https://x.com/bugcast_radio 【出演】 鈴木: 伊藤:
【お便り回】コードを書くときに大切にしていること──プラットフォームから自立するには
今回は、お便りでいただいた質問に答える形で、伊藤がプログラミングを書くときに大切にしていることについて話しました。 テーマは、コードの「可読性」と「美しさ」。あとから読んでも分かること、短く汎用的に書けること、その両方をどう考えるのか。そこから話は、個人でホームページやサーバーを持つこと、プラットフォームに頼らず自分たちの場所を作ることへと広がっていきます。 便利なサービスを使うことと、自分の手で仕組みを理解すること。そのあいだで、作る人はどこまで自立できるのか。 プログラミング、音楽、料理、AIの話を行き来しながら、「手触りのある自立」について考えた回です。 【お便り】 番組への感想・質問はこちら: https://tally.so/r/obKDNV 【SNS】 X:https://x.com/bugcast_radio 【出演】 鈴木: 伊藤:
W杯はなぜ「ただの遊び」ではいられないのか ──スポーツと遊びの危うさについて
2026年のワールドカップを前に、今回はW杯とスポーツについて話しました。サッカーはボールひとつで始められる身近な遊びです。けれどワールドカップのような大きな大会になると、放映権、スポンサー、政治、ビジネス、人権問題など、いろいろなものが関わってきます。 スポーツは本当に「ただの遊び」なのか。 W杯を楽しみにしながら、サッカー、スポーツビジネス、そして遊びが持っている不思議な力について考えました。 【バグキャストについて】 『バグキャスト』は、音楽家・鈴木とプログラマー・伊藤が、音楽、プログラミング、カルチャー、映画、最近読んだ本などについて話すポッドキャストです。 さまざまな話題がゆるやかにつながっていく、総合誌のような番組を目指しています。 【お便り】 番組への感想・質問はこちら: https://tally.so/r/obKDNV 【SNS】 X:https://x.com/bugcast_radio 【出演】 鈴木: 伊藤:
AIがすべてを言語化したあとに、僕たちに残る仕事について
AIが情報を整理してくれる時代に、なぜ人間の声を聞くのか。今回は、生成AIと創作について話すつもりが、気づけば「ポッドキャストとは何のためのメディアなのか」という話になりました。 AIで作られた表現に対する違和感。不気味の谷を越えた先にあるリアリティ。プログラミングや音楽制作におけるAIの使いどころ。そして、情報整理や言語化では置き換えられない「情念」の問題。 AIは、要約も整理も説明もしてくれる。そのとき、人間の声には何が残るのか。 うまくまとまらない感情や、誰かに向けられた怒り、言葉にしきれない執着を、そのまま声として置いておくこと。ポッドキャストは、そのための場所にもなりうるのではないか。 AI時代の創作、人間に残る仕事、そして「情念の置き場」としてのポッドキャストについて考えます。 感想や質問など、お便りはこちらにくださいhttps://tally.so/r/obKDNV
推しを失って大人になるって本当?──宇佐見 りん『推し、燃ゆ』における成熟をめぐって
今回は、宇佐見りん『推し、燃ゆ』を読みながら、「推し活小説」として語られてきたこの作品が、どのような成熟の物語なのかについて話しました。作中で繰り返される「重さ」という表象、作中劇のピーターパンの「大人になんかなりたくない」というセリフ、祖母・母・姉・父をめぐる家族の呪縛、そしてラストの綿棒の場面を手がかりに、この作品を読み解いています。一方で、この小説は本当に現代の推し活を描いているのか、という疑問についても話しました。 感想など、お便りはこちらにくださいhttps://tally.so/r/obKDNV
22年応援してきたサッカークラブについて、今思うこと
長年応援してきたサッカークラブ、アーセナルについて、鈴木が今思うことを話します。スポーツのグローバル産業化、そして推し文化との接点を手がかりに、ひとつのクラブを応援し続けることの意味を考えます。 お便りはこちらhttps://tally.so/r/obKDNV
僕たちはなぜ生牡蠣を食べるのか?──リスクを越えて行動してしまう瞬間を考える
子供の頃からお化けに呪われるリスクを鑑みて肝試しには行かなかった伊藤がそれでも生牡蠣を食べてしまうのはなぜなのか。ひとがリスクを越えて行動する瞬間に想いを馳せる雑談です。 お便りはこちらhttps://tally.so/r/obKDNV
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